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Kのメモ DEC 22,2013 [店雑記・Kのメモ]


Light of December-飛鳥の光5

大織冠と法隆寺

『蘇った古代の木乃伊(ミイラ)』を読み進めるうち、
法隆寺と繋がるものが更にあった。

副葬品で大織冠とされる冠に使われていた金糸の刺繍模様。

daisikikan1222.jpg
(写-1)


国内での金糸の伝世品の残存は法隆寺と正倉院にあるだけ、とか。
古墳発掘からは小さな片が三カ所の出土のみ、と記されています。

専門家の精査で冠り口に金糸で升目状に刺繍され、
その中に四弁の花文様と雲気文、または竜文のようなものが
刺繍されていたのでは、と推察されたことが記されています。

『蘇った古代の木乃伊』では升目を、梯子を横にしたような、と
表現されていますが、これは升目状でしょ、とイメージします。


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法隆寺の金堂は、
天智朝九年の火災後に復興されたもので世界最古の木造建築。

柱は西洋建築様式を取り入れたエンタシスでも有名。

その柱の上部にも奈良時代前の特徴があります。

柱の上部に皿斗(さらと・皿板ともいう)が置かれ、
その上に大斗(だいとう)が置かれています。

そして、
大斗の上に斗栱(ときょう)という肘木(ひじき)と斗(ます)が組合わさったものがあります。

daito1222.jpg
(図-1)
その栱には二種類あり、
雲斗(くもと)とされる雲形の斗に普通の肘木のものと、
雲肘木(くもひじき)とされる斗と肘木が雲形で連なったものがあります。

tokyo1222.jpg
雲肘木 (写-2)
この様式は中門、五重塔にも見ることができます。
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升目状のなかに雲形や竜文がイメージされた、とすれば、
阿武山古墳の棺のなかでみつかった大織冠には法隆寺の
この形が抽象化され金糸で刺繍されていたのではないでしょうか。

金堂第一層の栱は柱数(赤丸)から18、升目も同じ数だったかもしれない。

Mheimenzu1222.jpg

(図-2)

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(写-1)『ふたつのあすかの終末期古墳』近つ飛鳥博物館図録60  2010 より復元品写真 加筆
(写-2)(図-2)『法隆寺』村田治郎 上野照夫 著 毎日新聞社 1960より加筆
(図-1)『塔と伽藍』復元日本大観 世界文化社  1988








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